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send 金門島、対中経済交流の地に 軍事最前線が変貌、台湾へ習政権の圧力じわり

2019年6月3日 月曜日

「小金門」と呼ばれる烈嶼島から望む中国・アモイのビル群。海岸線には上陸船を拒むために設置された鉄柱が残っている=5月1日

台湾海峡に浮かぶ金門島は、中台の軍事対立の最前線から経済交流の拠点へと変貌を遂げつつある。台湾の総統選を来年1月に控え、中台関係をめぐる政治的な思惑が錯綜(さくそう)する中、ジャーナリストの野嶋剛氏が現地の最新事情を報告する。   対岸・アモイまで6キロ 時代を半世紀遡(さかのぼ)ったような異世界だった。3時間をかけた上陸ツアーはあまりに面白く、あっという間に時間が過ぎた。 台湾の離島、金門島にある小島・大膽島(だいたんとう)。台湾が実効支配する金門は中台軍事対立の最前線であったが、中でも大膽島は中国の対岸・アモイまで6キロと最接近する軍事拠点であり、まさに最前線の中の最前線の島だった。 かつてこの島に人民解放軍が上陸作戦を敢行し、国民党軍に完膚なきまでに撃退されたこともあった。勝利を喜んだ蒋介石の息子・蒋経国が、大擔という元の名前を大膽(肝っ玉が大きいという意味)に変えた。以来、大陸反攻の象徴の地にもなり、軍事要塞化が進んだ。しかし、中台軍事衝突の可能性の低下で観光拠点として開拓したい地元・金門県に管轄権が軍から移管され、観光地としての整備が進み、3月、ようやく一般開放されたのだった。 広さはわずか800平方メートル。さすがに中国人の上陸は不可だが、外国人は問題ない。ただ手続きでは、まず指定の台湾の口座に参加費を振り込み、振込証明と一緒に上陸を書面で申請する。私は台湾に口座があるからいいが、外国人にはやや面倒だ。 大膽島への船は金門の「小金門」と呼ばれる烈嶼島(れつしょとう)から出る。集合は早朝7時。30人ほどの参加者で小舟に乗り込み、30分ほどで大膽島につく。港でまず度肝を抜かれる。「反共堡(大陸反攻拠点)大膽島」の大きな標語。蒋介石や蒋経国の彫像や銅像、レトロ感のある戦争絵画もたくさん。映画のセットに迷い込んだ気分になる。 歩きながら、ガイドに途中の軍事施設をいろいろ解説してもらう。クライマックスは最も中国に近いところにある有名な「三民主義統一中国」の巨大看板。記念撮影をしていると、対岸のアモイから近づく観光船が見えた。この看板を見るためのツアーがあるという。こちらから手を振ると、手を振り返された。アモイにある「一国両制統一中国」の看板も双眼鏡で見える。 トウ小平が唱えた「一国両制(一国二制度)」と孫文の革命理論「三民主義」。ともに1980年代に掲げられたとされる看板こそ、海を挟んで互角に対峙(たいじ)しているように見えるが、「三民主義」の方は大陸反攻を放棄し、「一国両制」は今も中台政治の最前線にある。   大陸から水供給 中国の習近平・国家主席は、今年1月、一国二制度の「台湾方案」による祖国統一を提案したが、台湾・民進党の蔡英文総統は「絶対に受け入れない」と一蹴した。 しかし、中国の圧力はじわじわと台湾に伝わってきている。対中関係の改善を掲げる国民党の韓国瑜・高雄市長や郭台銘・鴻海(ホンハイ)精密工業会長の支持率が蔡総統を世論調査で上回る状況が続く。 政府間でいくら関係が冷え込もうが、大陸の磁力は強い。その磁力に間近で当たっているのが金門である。 昨年は中国からの「通水」が実現した。飲料水不足に悩む金門に、中国から需要の3分の1にあたる水がパイプラインで送られている。かつては台湾から船で運んでいたものだ。ライフラインを中国に握られても構わない、というのが金門の地元政府と人々の判断であった。 昨年8月にアモイで行われた記念式典では、中国の劉結一・国務院台湾事務弁公室主任が「広大な台湾民衆は正しい選択をするだろう」と述べた。これは民進党政権への皮肉であり、通水を受け入れた金門への称賛だ。 民進党政権下で中台関係は冷え込み、台湾本島への観光客は減っても、金門へは逆に激増中で、習氏の「アメとムチ」の姿勢の表れだ。筆者が訪れた5月上旬は中国の「五一労働節(メーデー)」にあたり、1日だけで過去最高の9000人がアモイから金門を訪れた。そのおよそ半数が中国人で、金門の観光地は中国人であふれた。   限りなく近づく大陸との距離 中国の水は中国人観光客向けに相次いで開設されたホテルで使われる部分も大きいという。かつては10万人の兵士で島の経済を潤したが、今の在島軍人は3000人のみ。金門経済は一度大きく傾きかけたが、中国景気で持ち直した。 もともと微妙な中台関係の中で、金門は特に危うい場所である。台湾が実効支配しているが、地名は今も「福建省金門県だ」。島には「福建省政府」のビルすらあり、トップの「福建省政府主席」は台湾の閣僚が兼務する。 私はそんな奇妙な金門が昔から好きで、何度も訪れてきた。今回も新しい変化があった。電動バイクの急激な増加だ。町中を比較的ゆっくりとしたスピードで走り回っている。 私は金門に行くときはいつもバイクを借りている。金門ではタクシーが少なく、バスも便利ではないので、バイクは小回りが利いて使いやすい。大陸観光客は金門で当然バイクに乗りたがるが、中台は政府間の免許取り決めがないのでバイクはレンタルできない。 しかし、電動バイクは「電気で動く自転車」という扱いなので、大陸の観光客も乗ることができる。経済の流れに沿って、社会も俊敏に変わっていくのである。   「追い抜かれる」感覚 金門の最後の日、繁華街の金城鎮にある足裏マッサージの店に入った。担当の中年女性に足を押されながらいろいろ話していると、「自分は20年前に大陸から金門に嫁いできた」という。出身は山西省だという。確かに言葉に「中原」の人のなまりがある。 「20年前はまだ仕送りもできたけど、この5年は仕送りもいらないし、(お金を)もうけた親戚からは仕送りしようかって言われるのよ!」。大げさな言い方も含んでいるだろうが、「追い抜かれる」という感覚を、彼女たち大陸花嫁はより痛切に受け止めるのだろう。 金門と大陸の距離は、かつて「近くて遠い」ものだった。いまは近くて近い。その金門と大陸の接近を台湾本島の政治は、ただ複雑な思いで見守るしかないのだ。(ジャーナリスト 野嶋剛)

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