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send 東電福島第1原発 労働環境改善、作業員に活気 モチベーション向上で効率化

2017年6月19日 月曜日

大型休憩所に設けられた食堂。温かい食事がとれるようになり作業員の表情も明るくなった

廃炉作業が進む東京電力福島第1原発。事故発生当初は高い放射線量や大量の堆積物など過酷な環境での作業だったが、東電福島復興本社は、除染作業の進展や温かい食事の提供などで労働環境を改善し、作業員のモチベーション向上に努めている。

6月7日、第1原発の現場は活気があり、作業員の表情は明るかった-。 作業員は、簡易マスクと青色の一般作業服を身に着けており、大型休憩所の通路ですれ違うと、「お疲れさまです」と声を掛け合い、食堂や休憩スペースではくつろいで談笑していた。 水素爆発が起きた1号機の原子炉建屋上部には、がれきが複雑に積み重なっていた。使用済み燃料を取り出すにはがれきを取り除く必要があり、クレーンを遠隔操作しながら慎重に除去作業を進めていた。 この周辺を除くと、除草してモルタルを吹き付けるフェージングと呼ばれる舗装や構内除染などで放射線量が低減したため2016年3月から装備を軽装化。全面マスクと防護服の着用という厳しい作業環境から解放され、身体への負荷が大幅に軽減した。

全面マスク使用時の意思が伝わらないといういらだちもなくなった。改良型に変わったことで視野が広がり、声も聞こえやすくなった。相手が誰か分かるようになり意思疎通が図れ、作業効率も改善した。

汚染水対策にも一定のめどがついたが、溶け落ちた燃料の取り出しや放射性廃棄物の処理・処分など廃炉の核心に向けた作業は30~40年かかるといわれ、先が見通しにくい。課題いっぱいの現場だが、「だからこそ作業員のモチベーションの維持・向上が不可欠。労働環境の改善に注力してきたのもそのため」と、東電福島復興本社の石崎芳行代表は強調する。 15年5月にオープンした大型休憩所の2階には食堂とコンビニエンスストアを、3~7階には協力企業向けに24時間使用可能な休憩スペースを設けた。「温かい食事がとれるようになってから皆の表情が明るくなった。休憩スペースではチームごとにミーティングを行っており安全・安心な作業につながっている。やる気や一体感の醸成に役立っている」と石崎氏は指摘する。

温かい食事は、福島第1から約9キロ離れた福島給食センター(大熊町)が同年6月から提供を始めた。2つの定食と丼物、カレーライス、麺類を昼食用に合計2000食作る。しかもメニューは1カ月間、毎日変えるというから本格的だ。風評被害を払拭するため、野菜やコメなどの食材は福島県産を使う。雇用も創出、従業員100人のほとんどが福島県出身者だ。

 ■復興に向け、まちづくりにも貢献 厨房(ちゅうぼう)機器は地域の復興と信頼性・実績から県内に工場をもつクリナップとタニコー(東京都品川区)の最新のオール電化機器を導入した。 また、生活改善の一環として大熊町と楢葉町に社員向け単身寮を建てた。 JR常磐線いわき駅から徒歩3分のところに店を構える「海鮮四季工房きむらやいわき店」は4月、開店1周年を迎えた。もともとは楢葉町で開業したきむらやは富岡町に移転後、すぐに東日本大震災に見舞われた。  

借金だけが残った女将(おかみ)は「しばらくは地に足がつかなかったが、自営業は自分で働いて稼ぐしかない。地元産を使って食で応援する」と一念発起。福島第1原発に毎朝4時に起きて弁当300食を届ける仕事を福島給食センターが完成するまで続けた。

「そっくりそのまま震災前に戻るのは無理。しかし、やればできる」と女将は言い切る。 きむらやを訪ねると、会津地方の郷土玩具「起き上がり小法師」が出てきた。何度倒しても起き上がる縁起物は復興に向けて起き上がろうとする福島のシンボル。 23日に開かれる東電の株主総会後に特別顧問に就く石崎氏も「復興について全く悲観的に考えていない。同じ目標に向かう福島の皆さんの仲間に入れてもらい、『まちづくり』に貢献できる存在になる」と前を見つめた。(松岡健夫)

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